デーノタメ遺跡が国指定遺跡へ 国の文化審議会が答申

更新日:2024年06月25日

デーノタメ遺跡が国指定史跡に答申されました!

ついにデーノタメ遺跡が国指定史跡へ!

令和6年6月24日に開催された国の文化審議会において、北本市内のデーノタメ遺跡を国指定史跡に指定するよう文部科学大臣に、答申がありました。

今後は、文部科学省からの官報告示をもって、正式に国指定史跡に指定されることになります。

市では、文化財に関する国の専門機関からその歴史的な価値を認められた「デーノタメ遺跡」をより多くの方に知っていただき、親しんでいただけるよう、これからも努めてまいります。

市長からのコメント

このたび、国の文化審議会におきまして、「デーノタメ遺跡」を国の史跡に指定するよう、文部科学大臣に答申がなされました。「デーノタメ遺跡」の歴史的な価値が認められ、大変うれしく思います。

国指定に向けた取り組みの中で、御指導、御助言をいただきました文化庁、埼玉県、市文化財保護審議会、デーノタメ遺跡調査指導委員会、また、史跡の保存に御理解と御協力を賜りました地権者、地元の皆様をはじめ、多くの関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

「デーノタメ遺跡」は、1,200年以上も継続していた縄文時代の集落遺跡で、人々は自然と「共生」し、資源を「循環」させ、戦争のない「平和」で持続可能な社会を実現していました。

今後は、この遺跡をまちづくりのモデルにするとともに、多くの皆様に愛される「デーノタメ遺跡」を目指し、本市の発展につながるよう努めてまいります。

 

令和6年6月24日

北本市長 三宮 幸雄

 

市長コメント(PDFファイル:55.6KB)

 

号外を配布しました!

今回の文化審議会からの答申を受け、令和6年6月25日(火曜日)朝に「広報きたもと」の号外を配布しました。

多くの方にお手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

 

広報きたもと号外「デーノタメ遺跡 国史跡指定へ」(PDFファイル:4.8MB)

 

関連リンク(外部サイト)

 

デーノタメ遺跡について

デーノタメ遺跡とは

デーノタメ遺跡は北本市下石戸下地内に位置する、縄文時代の集落跡が残る遺跡です。

この遺跡は「久保特定土地区画整理事業」の都市計画道路や遊水地等の計画エリアであることから、平成10年に範囲確認調査を実施したところ、大規模な縄文時代中期~後期の集落跡が確認されました。

この結果を受け、北本市教育委員会と北本市において遺跡の保存について協議を行いましたが、すでに認可を受けた都市計画道路、区画整理事業の計画変更は困難であるとの判断から、遺跡の発掘調査を行い、記録保存措置をとることとなりました。

その後、4度にわたる発掘調査および内容確認調査によって、遺跡の全容が少しずつ明らかになり、「関東最大級」の環状集落をもつ遺跡であること、集落と水辺がセットで残された全国的にもまれな遺跡であること、低地部から多量の有機質の遺物が出土しており、縄文人の植物利用の実態が解明できる遺跡であることなどがわかってきました。

どんな遺跡なの?

北本市下石戸下地内にあるデーノタメ遺跡には、縄文時代中期(約5,000年前)から縄文時代後期(約3,800年前)にかけての集落及び水場が残されています。この集落は非常に大きく、縄文中期集落は長径210mと、関東最大級の大きさです。また、この遺跡は台地の下が低湿地遺跡であるため、漆塗土器やクルミ、トチノキの種実など、通常の遺跡では残らない有機質の遺物等が大量に出土しています。

縄文時代中~後期の人々の生活や環境を、集落と水場の両方で追いかけることができるため、今後の調査・分析による成果が期待されています。

遺跡の位置図

「デーノタメ」の由来

遺跡の名前「デーノタメ」は、昭和40年代までこの地にあった湧水による50mプールほどの大きさのため池の名前が由来です。

なぜため池を「デーノタメ」(デイノタメと発音する場合もある)と呼んでいたのかについては、以下の二つの説があります。

1 湧水のことを「デスイ」または「デイ」とも言うことから、「出水のため池」が由来。

2 北側の台原地区を「デエッパラ」と呼ぶことから、「台原のため池」が由来。

これが関東最大級の環状集落!

下の図は現在までに行われた調査で明らかとなった、集落の範囲です。

中期集落の調査では、中央に広場をもつ、ドーナツ形の集落の存在が明らかになりました。このような集落を環状集落と呼んでいます。この集落は長径が210m、短径が160mと非常に大きく、「関東最大級」の大きさです。

中期集落の調査に続いて行った後期集落の調査では、遺跡に湾入する谷の地形に沿って、弧状に展開する集落が確認されました。やはり後期集落の規模としてはとても大きく、長さが約270mあります。

デーノタメ遺跡航空写真

まるでタイムカプセル!低湿地遺跡から得られた、貴重な遺物の数々

デーノタメ遺跡には、縄文時代中期と後期の2つの低地遺跡があります。この低地遺跡は、当時、集落の水場として使われていたと考えられ、縄文人たちが暮らした痕跡がいくつも残っています。

クルミ出土の様子

クルミ塚の様子

クルミ型土製品

クルミ形土製品

ヒスイ大珠

ヒスイ製大珠出土状況

漆塗り土器

漆塗土器

低地遺跡からは漆製品やクルミを始めとする種や実など、通常の遺跡ではほとんど残らない有機質の遺物が多く見つかっています。

これは多量の地下水を含んだ粘土質の層によって遺物が空気から遮断されるためで、台地の遺跡では得られない情報の宝庫です。

この様な土の層を「泥炭層」と呼びますが、低地遺跡ではこの泥炭層のおかげで、当時の様子をそのまま残したような貴重な遺物が大量に出土します。

デーノタメ遺跡の調査

今までに行われた調査

平成10年度 範囲確認調査 縄文時代中・後期集落跡を確認

平成12年度 第1次発掘調査 住居跡7軒を確認

平成17年度 第2次発掘調査 住居跡15軒を確認

平成19年度 第3次発掘調査 住居跡15軒を確認

平成19-20年度 第4次発掘調査 縄文時代中・後期の低湿地遺跡を調査

平成20年度 範囲確認調査 縄文時代中・後期の泥炭層を確認

平成24年度 内容確認調査 縄文時代中・後期の集落を確認

平成25年度 内容確認調査 縄文時代中・後期の集落を確認

平成27年度 内容確認調査 縄文時代中・後期の集落規模・構造を確認

平成28年度 内容確認調査 縄文時代中・後期の集落規模・構造を確認

平成29年度 内容確認調査 縄文時代中・後期の集落規模・構造と後期の低地遺跡を確認

平成30年度 内容確認調査 低位面において 縄文時代中期の住居跡2件を確認

台地上の調査

第1次発掘調査全景

低地の調査

第4次発掘調査全景

デーノタメ遺跡報告書(概要版)

以下のリンクより報告書を閲覧することができます。

※報告書のデータの無断転載を禁止いたします。図版等の転載を希望する場合は、事前に北本市教育委員会文化財保護課まで電話、ファクス、Eメールにてお問い合わせください。

 

デーノタメ遺跡報告書(概要版) (PDF:3.8MB)

 

 

地図情報

この記事に関するお問い合わせ先

文化財保護課文化財保護担当
〒364-8633
埼玉県北本市本町1-111
電話:048-594-5566
ファックス:048-593-5985
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